1. 序章
英語を筆頭とする外国語への日本人の一般的イメージを考えたとき、「できるようになりたいが、習得が難しい」といった学習に苦労する感覚を持っているものと思います。実際に英語を習得している人たちは、バイリンガルのような特殊な環境で育った人を除いて、全員が文法と単語を学習し、辞書を何万回も引いて暗記し、多くの英語の本を読んだり、仕事のeメールを読んだり書いたり、外国人と話したり聞いたり、といった反復練習を通じて習得しています。
しかし、ヨーロッパの人たちはどうでしょう。仕事で出張したり、旅行したりして、又はそうでなくても仕事の同僚(欧州人)の日本出張や日本への旅行者が、英国人でもないのに、見た目では何の苦も無く英語を駆使している姿を見た経験のある人は多いはずです。そういう欧州人に「何ヶ国語を話せるのですか?」と質問すると、3~4ヶ国語が話せる人が結構多く居ます。つまり、英国人以外の欧州人は英語という外国語を比較的簡単に習得しているのです。
こういう状況が、この研究をする背景になりました。当初、ほとんど英語ができないメキシコ人が、数年の後に流暢に英語を話している姿を目の当たりにした経験もあります。それが何故なのかを紐解く事ができれば、日本人の外国語習得をより高めるヒントになるのではないかと思います。
2. 比較言語学によるアプローチ
2.1 比較言語学とヨーロッパの言語
言語学の一分野として「比較言語学」があります。世界中で使用されている各言語を、文法や単語の類似点などから、その言語の「親」となっている言語を見つけ出して、言語の家族構成を明らかにする方法です。
言語の家族構成として、最上位に「語族」を置き、その下に「語派」、またその下に「語群」というように分類しており、既に、先駆者達が世界地図を作製しています。図2.1 世界の語族地図 を参照下さい。
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図2.1 世界の語族地図
(出展: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』https://ja.wikipedia.org/wiki/比較言語学)
一際多くの部分を占めている薄緑色の部位は、「インド・ヨーロッパ語族(以下、印欧語族)」といい、欧州、南北アメリカ大陸のほぼ全域を占めています。つまり、英語を含むヨーロッパの言語はほぼ全て言語の「親」が一緒の家族である、というわけです。
日本はと言えば、孤立言語として独立しています。比較言語学の分類では「日本語族」という日本単独で言語の一家族となっているというわけです。
印欧語族には11の語派がありますが、英語とスペイン語が属するそれぞれの語派を見てみます。
ゲルマン語派
英語はゲルマン語派に属しています。同じ語派には、ドイツ語や北欧諸国の言語が属しています。
その関係を図2.2 ゲルマン語派諸語図 に示します。

図2.2 ゲルマン語派諸語図
イタリック語派
スペイン語はイタリック語派に属しており、同じ語派には、フランス語、ポルトガル語、イタリア語などが属しています。その関係を図2.3 イタリック語派諸語図 に示します。

図2.3 イタリック語派諸語図
以上のように、ヨーロッパ諸国の各言語が根っ子の部分は同じ系統の言語として繋がっている事がわかります。語族のみでなく語派まで同一の言語は、より近い関係にありますが、英語とスペイン語 などは、語派は違えど同じ語族にある事から、いわば従兄弟関係にあると言え、日本語族といった語族が違う関係とは大きく異なると言えます。
次は、語派は違うが語族が同じ、英語とスペイン語との違い方を実例をもって考察します。
2.2 英語とスペイン語の類似性による異なる語派の類似性
言語は生きており、常に新しい単語が生まれています。又、他の言語の影響も多分に受けています。そもそも、それぞれの言語が確立された時期をたどれば千年以上を遡る事になりますが、経済や技術の発展から、どこかの国で新たな固有名詞が発生した場合などは、その単語をそのまま適用する場合も多く、欧州諸国のようなアルファベット文字を有する諸国では、スペルをそのまま適用して読み方を自国語風にするケースや、自国風の読み方から発展してスペルを変化させるケースなどです。日本の場合は文字が欧州と違う事から、発音をそのまま適用するケースがあり、アメリカを「メリケン」と言ったり、ビールは英語発音では「ビーア」なのに、ドイツ語の発音をそのまま取り入れています。
産業革命以降は、多くの新技術の開発があり、そこで生まれた新単語なども各国の言語に影響しています。よって、ここでは、確証はありませんが、古くからある単語と推定される単語を抽出します。
表2.1 英語とスペイン語の類似単語

ざっと思いつく単語のみを抽出しても類似性を確認できますが、もちろん、make(英語)/hacer(スペイン語)のように、全く類似性が見られない単語も多く存在します。しかし、ここで言及したいのは、語派の違いというものが、どのレベルのものなのか、という事を認識したいという事で、日本語と欧州言語で同様の作業をやろうとした場合、まず類似性はありません。類似性、又は全く同じ発音の単語は、日本にそのまま入って来た外来語か、日本から海外へ出た単語のみです。
次は、日本語族について見ていきます。
2.3 比較言語学による日本語
比較言語学では、日本語が「日本語族」という固有の語族となっていますが、日本語族の語派、語群がどう分類されているのかを見て行きます。以下に、日本語族の分布地図があります。

図2.4 日本語族の語派、語群地図
(出展: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』https://ja.wikipedia.org/wiki/日本語族)
この地図を印欧語族の表のように表現したものが、図2.5 日本語族諸派諸方言図 です。

図2.5 日本語族諸派諸方言図
日本語族は、日本語派と琉球語派に分かれ、琉球を除く各地方の方言は語群の違いという分類になっています。印欧語族に関しては語派の違いの範囲(又は類似性)を英語とスペイン語で確認しましたが、日本語での語派、語群の違いの範囲はあえて確認しません。類似性がある事は経験から理解されると思います。
2.4 比較言語学上の分類からの外国語学習の難解さの考察
比較言語学を用いた分類から、欧州にある各言語がほぼ全て同一の語族に属しており、次の分類である語派として北欧地域にある国々の言語と南欧地域にある国々の言語に、おおまかに分かれていました。
一方で、日本語は日本語族という一つの独立した語族を有し、次の分類である語派は、一般に言う日本本土(北海道、本州、四国、九州)と、沖縄を中心とする琉球諸島群で使用されている言語に分類されています。
一概に比較言語学の分類が言語学習の難解さと比例するとは言えないとは思いますし、それを検証した文献を知りませんが、言語の類似性の「距離」が、語群、語派、語族と離れていく事は確かと言ってよいでしょう。そのアプローチをすると、以下のような関係が存在します。
表2.2 ヨーロッパの言語と日本語の関係表

少々乱暴な比較論ではありますが、ドイツ人が英語を学習する難解さは、津軽地方の人が東京言葉を覚えるに近く、それは、スペイン語話者がイタリア語、ポルトガル語を習得する難解さに近いと言う事になります。
又、英語とは語派の違う欧州言語話者でも、沖縄の人が東京言葉を覚えるに近いと言う事になります。
いずれにしても、日本語族という日本固有の言語を母国語としている日本人が、英語をはじめとする欧州言語を学習する難解さは相当に高く、欧州人が他の欧州言語を習得するのと比較すると、各段に高い努力を要するという事です。
ちなみに、英語、スペイン語等の、「XXX語」という言葉には言語学上の意味はなく、国が異なるという政治的背景から生じているもので、日本が一つの国として政治的にまとまっている事から、地方の言葉を「XXX語」と言わず、「XX方言」又は「XX弁」としている理由に外ならず、仮に欧州連合(EU)が、一つの国家として統一されたとして、統一言語を何かの言語(例えば英語)にすれば、スランス方言(弁)とか、スペイン方言(弁)等という名称となってもおかしくありません。
2.5 比較言語学の語族の違いによる外国語学習の難解さの考察
欧州言語と日本語という語族違いの言語に類似性が見られないと記述しましたが、日本のお隣、韓国語や中国語との類似性はどうでしょうか。
韓国語には相当量の日本語単語が流入しており、そういう単語は類似というより、全く同じですが、元々存在した単語に類似性は見当たりません。但し、単語の並べ方は日本語と同じという類似性があります。
中国語の場合、日本に漢字が伝わった事もあり、漢字の音読みは類似しています。しかし、中国語の正しい発音と比較すると少し距離が空きます。しかし、漢字の意味は完全一致しないものの、類似性は見て取れます。その意味では、語族が違うからと言って、まったく類似性がないとは断じられないでしょう。実際、比較言語学では日本語と韓国語が同じ語族だという仮説に基づく研究もされた経緯がありますが、最終的には別の語族とされています。
以上のように、語族が違えども、類似性がゼロではない他国語と言う意味では、中国語や韓国語は欧州言語と比較すれば、まだ少し学習がし易いとも言えますが、基本26文字の配列という単純な欧州言語に対して、簡体漢字の中国語やハングル文字の韓国語の複雑さを考慮すると、学習の難解さには甲乙つけがたいところです。
しかし、同じように異なる語族ながら、少しでも類似性のある中国語に対して全く類似性のない単語で構成されている欧州言語は、日本語話者にとっては極めて遠い存在と言ってよく、欧州人が他の欧州言語を学ぶ事との比較において、いかに難解な事かは想像できます。
3. 言語の使用周波数によるアプローチ
3.1 各言語の使用周波数の類似性
言語には使用周波数があり、各言語によってその範囲は異なります。母国語の周波数範囲の言葉は聞き取りやすく、外れた周波数、すなわち、あまり会話に使用していない周波数範囲は聞き取りにくくなります。
既に主要言語の使用周波数帯域が、いろんな場所で公表されています。日本語については、どの資料も同様に、125~1500Hzと記述されていますが、英語に関しては、米語(アメリカ合衆国の英語)と、英語(英国の英語)では使用する周波数範囲が違うと記述されている資料が多く、フランス語、スペイン語、ロシア語等も資料によって記述が若干異なります。ここでは、複数の資料から最も多く記述されている中央値を使用して、各言語の使用周波数範囲をグラフ化しました。

図3.1 言語別、使用周波数範囲
英語が最も高い周波数まで使用している言語となっていますが、資料によっては、「主要単語は5000Hzまで」と記述されており、それほど高い周波数までは必要とはしていないようです。
日本語の特徴は、その極めて低い周波数、且つ、使用周波数範囲が狭い言語である、という事です。資料によれば、ロシア語が最も他言語と周波数が重なる部位を多く持っており、他言語を聞き取る能力に優れていると記述しているものもあります。
日本語と米語を比較した場合、米語は日本語の半分くらい周波数が重なりますが、重ならない部分の方が米語全体の80%を占めています。
日本人の方で、「英米語が聞き取れない」と言う方が多いのも無理はないと言え、このアプローチから、日本語話者にとって、西洋言語の学習、特に聞き取り能力が苦慮すると言えます。
又、発話においても、日本人の場合、日本語の使用周波数範囲の発話を多くしているわけですから、英米語話者と同じようには発話しにくい状況も言えるわけです。
ここで、比較言語学によるアプローチと合わせて、どの言語同士の相性の良し悪しを次の判定を持って行ってみます。
表3.1 言語話者による学習言語の難解度 (比較言語学 : 使用周波数)


表を見ると、日本語を含む東アジアの言語話者が欧州言語を学習する場合のハードルの高さが読み取れます。欧州人にとって、東アジア言語を学習する難しさも理解できます。
日本語に特化して考察するならば、比較言語学による語族が孤立している事以外にも、使用周波数範囲が低く、狭い、という特徴が相まって、他国言語との距離の遠さを作り出しています。
3.2 人の可聴周波数
人の可聴周波数は15~15000HZの範囲を持っています。しかし、歳を取ると難聴になるのは経験的にわかっており、言葉を聞き取る能力が低下します。
ここに、年齢による可聴周波数限界の測定結果があります。

図3.2 年齢と低・高周波の聞き分け限界
出展: 可聴周波数の調査 年齢別調査 http://www.sunfield.ne.jp/~oshima/omosiro/oto/kacyou.html
このグラフは、高周波は左縦軸目盛り、低周波は右縦軸目盛り、で作成されているので、グラフの見た目から可聴周波数を読むと勘違いします。
幼児期は、20~15000Hz、10代後半から20歳代がピークで、15~16000Hz、30歳代以降は徐々に可聴範囲が狭まっていき、40歳で20~14000Hz、50歳で20~12000Hz、60歳で30~10000Hz程度となる実験結果で、日本人男女計50人の測定結果と公表されています。年齢とともに低域限界が上がり、高域限界が下がるのですが、特に高周波数の可聴限界が低下していくのが顕著です。
ここで、言語の使用周波数を重ねてみます。周波数の最も高いところは、英語の15000Hzと、ロシア語の10000Hzあたりですが、英語の主要単語が5000Hzまでと考えると、60歳でもほぼ全ての欧州言語を聞き取れる事になります。
しかし、この測定結果は「可聴限界」であって、言語として単語の聞き分け、認識できる限界とは違います。言語として認識できる周期数範囲は、母国語の周波数範囲に関連すると言われています。
又、人は会話やテレビ等のメディアの視聴、講演等の視聴等で、100%聞き取っているわけではないと言います。可聴周波数というよりも集中力の限界から来るものらしく、聞き取っていない部分は、聞き取った断片から、自分の持っている言語知識から類推して、単語、文章として認識していると言います。
ここでまた少し乱暴な推測をします。人の「言語として認識できる周波数限界」と「可聴周波数限界」が比例関係にあるとすると、ピーク時の「10代後半から20歳代」に対して、50歳では、25%限界値が低下する事になります。そもそも会話の全てを聞き取っていないところに、更に25%(特に高音部位)が聞き取れなくなる事になります。聞き取れていない部分は、自分の知識で補うのですから、より思考する負荷が大きくなり、集中力が低下し、という負の連鎖が発生します。
語学は若いうちに学習した方が効率よく習得できる、とはよく言いますが、適切なアドバァイスと言えるでしょう。
日本語の使用周波数範囲は他言語に比較して狭い事、それが欧州言語学習に不利に働いていると前節で触れましたが、年齢を重ねる事が、それを加速すると言っていいと思います。
4. 使用文字の違いによるアプローチ
人はそれぞれ母国語を持ち、その学習過程は先ず「聞く」から始まり、「話す(しゃべる)」に発展し、会話ができるようになります。この過程はどの言語を母国語とするにかかわらず同じです。国や民族の知的度合いを測る指標として「識字率」がありますが、文字を読み書きできる事は言語使用としてはなかなか高度な世界であると言えます。
外国語を学習する場合、「テキスト」を用いるのが一般的で、それは本の形態をとるので、文字で書かれています。すなわち、幼児が、母親が話す言葉を聞いて学習するのとは、基本的に違うアプローチをとるのが外国語学習になり、そこには「文字」という要素が加わります。
以下に各言語で使用されている文字を列記します。
表4.1 言語別使用文字

一目瞭然、欧州言語は全てアルファベットです。但し、ロシア語は特有のアルファベットを使用しているので、学習には多少のハードルがあるものの、限られた文字数なので、そこを克服すれば、そもそもの使用文字が違う言語を学ぶ事と比較すれば簡単な部類となります。
やはり、このアプローチでも欧州言語を母国語としている人が他の欧州言語を学ぶ場合の利点と言えます。
ただし、英米語のアルファベットが26文字、日本語のひらがな50音、カタカナ50音、漢字(当用漢字1850字)と比較すると、外国人が日本語を学習する難解さが理解できます。
5. 流入外来語の数によるアプローチ
日本人にとって最も身近な外国語は、と言えば、やはり英米語(以下、英語と記載)だろうと思います。今では小学校の授業にまで導入され、高校大学受験の主要科目となり、企業内でも勉強会を設置したり、街には英語学校が溢れています。このような環境から、たとえ語族が違えども、たとえ使用周波数範囲が違っていても、また、文字が違うという大きな相違があろうとも英語が最も身近な外国語となっています。こういった背景もあるでしょうが、又は、こういう背景の影響なのか、日本の街には英語が溢れかえっています。
1970年代位までは、野球の夜間試合を「ナイター」と読んだりする実際の英語にはない和製英語が一般化していたり、流行歌のタイトルにカタカナ英語を入れたりしていましたが、2000年を超えると、ほぼ和製英語はなくなり、流行歌のタイトルもアルファベット記載になりました。一部、まだリストラ=人員整理、のような実際の意味と異なる理解が蔓延するものもありますが (restructure=再編成する)、街に溢れる英単語が英語学習者の単語暗記に役立っている事は間違いありません。
残念ながら、流入英語数の統計数値を見つける事はできませんでしたが、他の欧州言語と比較すると各段に違う事は感覚として間違っていないと思います。つまり日本人にとって、欧州言語を学習しようとするとき、英語学習に向いた環境が整っているといっていいようです。
日本以外で英語以外の言語を母国語とする国を見てみると、中国はまだ漢字を当てて表現しているケースを多く見ますし、メキシコでもスペイン語表現が多く、英語をそのまま流入しているケースは少なく見えます。スペイン語等アルファベットを使用する言語の場合、英語をそのまま流入させると、かえって混乱するのかも知れません。
結局、この節の結論としては、欧州言語を日本人が学ぼうとした場合には、各種の難解要素があるものの、英語は流入数が多く、難解な中でも比較的、学習しやすい環境があると言う事でしょう。
6. 仮説の検証
ここまで、欧州人が比較的簡単に外国語(欧州言語に限っては)を習得できる要因を解析してきました。ここでは、これまでに解析できた要因が正しいものであるかを検証したいと思います。検証方法は、英語を話せるメキシコ人(スペイン語が母国語)に、自身の英語習得方法、「話す、書く、聞く、読む」のどこが難解か、といったポイントをアンケート形式に質問票を作成し、直接インタビューをして聞き込み調査をしました。調査人数は12名です。
表6.1 メキシコ人の英語話者へのアンケート結果

アンケート調査の結果を考察すると以下のようになります。
① 英語を主に学習した場所
通常の学校教育や英語専門学校(いわゆる英語塾)で、ほぼ80%の英語力を身に着けています。しかし、インタビュー中、「公立だったので、学校での英語授業はほぼ0だった」との回答を得たので、出身校を私立と公立に分けて分析します。
図6.1 英語習得方法 では、メキシコ人の私立学校卒業者のほぼ80%が学校教育の中で習得しているのに対して、メキシコ人の公立学校卒業者は、学校教育では10%未満で、独自に英語専門学校に通った、としています。インタビューした2名のみが独学で習得しています。
同じアンケートを、同様に直接インタビューを用いて、日本人のメキシコ駐在員(6名)に行ってところ、公立私立に関わらず、学校教育で26%、独学で72%を習得しており、ここの違いが大きく出ています。

図6.1 英語習得方法
インタビュー中、「メキシコの学校では個別の単語を教えるよりも基礎文法を主体に教える」と回答した人がおり、日本人と比較したときに、英語とスペイン語の類似単語が、暗記しなければならない単語量を少なくしていると言えます。
メキシコの私立小学校で使用している英語教科書を見てみましたが、英語の短編小説(6~10頁)があり、動詞の変化等文法説明と練習問題(3~4頁)の構成で、これが一単元。2週間程度でこれを完結し、同様構成の別単元を繰り返す形式で、これは明らかに日本の中学校英語レベルよりも量も使用単語数も圧倒的に多いです。しかし、仮に日本語のように、単語や熟語の類似性が全くない状態からでは、全ての単語、熟語の暗記から入らざるを得ず、この量はこなせないはずです。
しかも、メキシコの私立学校のほとんどは、授業の半分を英語にしており、英語に接する時間が日本と比べると圧倒的に違うという点もあります。短時間、且つ暗記しなければならない単語数も必然的に多くなってしまう日本人は、通常の学校教育のみでは絶対学習量が不足してしまい、結果として、そこを独学で補っているのが実態です。
もう一つ、メキシコの学校の特徴を挙げますと、教室内に教科書を保管する場所があり、生徒たちはそこに教科書やノートを置いていく事になっています。つまり教科書やノートを家に持ち帰ならいシステムなのです。これは、家で予習復習ができない環境を作っているとも言え、実際、家で勉強はしていないようです。
② 英語学習にあたっての辞書使用

図6.2 英語学習での辞書の使用
ほとんどの回答は「辞書使用」としていますが、メキシコ人3名が「未使用」又は、ほとんど使っていないとの回答です。未使用と回答した人の意見では、「米メディアが映画やテレビ等で多く視聴できるので自然と覚えられる」というものや、「授業の中で聞きながら覚えた」といったものです。例えば日本の地方出身者(沖縄、津軽地方等)のほとんどの方は日本の標準語を理解しますが、その為に国語辞書を使用したという話しは聞いた事がありません。特に沖縄地方は比較言語学では、標準語(東京言葉がベース)とは「語派」が違うので、スペイン語と英語の関係に匹敵します。「語族」が同じである事から類似単語が多いために、「勘」が働き、文章の前後の関係から意味を類推できるものと推察されます。
この疑問について、メキシコ育ちのバイリンガルにインタビューをしたところ、以下の回答を得ました。
「英語授業には辞書携帯が義務付けられている。英語の文章を眺めていると知らない単語があってもスペイン語と似ており、大体の意味はわかる。しかし、教師に勧められて辞書を引き類推される意味との微妙な差を認識したりするケースがある。」
日本語話者のほとんどの方は、国語辞書を引かずに語彙を増やしているはずで、前後の関係や熟語にある漢字から類推していると思われ、辞書を使う事はほとんどありません。これと同じとは言いませんが、スペイン語と英語の類似性や類似法則などを駆使して、いちいち辞書を使わなくても語彙を増やしていると言えるでしょう。
ちなみに、スペイン語と英語の類似法則をいくつか列記しますと、-tion、で終わる英語名詞は、-ción、で終わるスペイン語名詞になります。-ly、で終わる英語副詞は、-mente、で終わるスペイン語副詞になります。又、eで始まるスペイン語単語は、最初のeを除くと英単語になる物が多い傾向があります。熟語では、英語のin front of (~の前に)が、スペイン語では、en frente deとなり、in=en、front=frente、of=deと各単語をそのまま変換する事ができる場合が多くあります。しかし、こういう類似法則を学校で教えてはいないようで、質問してみると全員が「教えられていない」と回答しています。とは言え、全員がこういう法則を知っており、学習の中から自然に身に着けているようです。
実際、この法則を使って英語を間違えて覚えている人もおり、
ubication (ubicación (場所を意味するスペイン語)を-ción →-tionを使っているがubicationという英語はない)
scape (escape (漏れ、脱出を意味するスペイン語)を、頭のeを除く方法を使っているがscapeという英語はない)
by example (por ejemplo (例えば、を意味するスペイン語)を、各単語の変換を使っているが、by exampleという英語はない)
といった実例があります。
③ 英語会話時の苦痛感

図6.3 英会話の苦痛感
メキシコ人と日本人で大きな違いがあります。日本人の回答者全員が、苦痛を感じているのに対して、メキシコ人のほとんどは苦痛を感じていません。又、メキシコ人の中でも私立、公立の差があり、長時間の英語教育を受けている私立学校卒業者の多くは苦痛を全く感じない、と回答しています。
ただし、個人の持っている英語力を客観的に評価したものはなく、あくまでも本人の持つ感覚なので、もしかすると、そもそもストレスを感じにくいラテン気質が影響しているかも知れません。
又、インタビュー対象者の持っている英語力の差も影響していると思われます。英語のできる日本人駐在員を選びはしたものの、もっと英語力の高い人を選出すると、また違った結果が得られるかも知れません。
メキシコの私立学校が英語学習にかなりの時間を割いている事は既に触れましたが、メキシコの公立学校では、逆にほとんど時間を割いていません。インタビューでは、週に1時間との回答が大勢でした。そう考えると、メキシコの公立学校との比較では、日本の学校は圧倒的に英語学習時間を割いている事になります。しかしメキシコの公立学校卒業生の半分以上が、英会話の苦痛感を「感じない、ほとんど感じない」としているのが特徴的です。
メキシコの公立学校卒業生のほとんどの人は英語をできません。今回の調査は、「英語を話せる人」に対して行いましたので、英語力を持つ公立学校卒業生は、英語学校や独学で英語力を獲得している事になります。そう考えると、英語力を持つ日本人よりも、相当短い学習時間で身に着けていると言えます。しかも、英会話にほとんど苦痛を感じないまでに到達しているのです。
④ 英語の「聴、話、読、書」の難解順序
言語力には、聴く、話す、読む、書く、の四要素がありますが、各要素を難しい順に4、3、2、1、と点を付けてもらい、その平均値を計算しました。
メキシコ人、日本人ともに「聴く」と「話す」を難しく感じる傾向にありますが、日本人には要素間の差が激しいのに対して、メキシコ人には差が比較的少なく、特にメキシコ私立学校卒業者は差が小さいという特徴です。
又、「読む」「書く」の要素に注目すると、日本人の方がメキシコ人よりも難しさを感じてなく、語族が異なる為、難しいと思われるものの、ここに日本特有の英語教育が現れていると言えます。

図6.4 英語「聴話読書」の難しさ
各言語の使用周波数を比べたとき、スペイン語話者が英語を学習するとき、多少聞き取りに苦労する事がわかりましたが、公立学校卒業のメキシコ人が「聴く」要素が難しいと回答している人が多いところに関連していると思われます。
メキシコ人の私立学校卒業生については、4要素の差が少ないのですが、それでも「話す」を難しいと回答している人が多くなっています。理由を聞いてみると、「アルファベットの綴りの発音の仕方がスペイン語と違うので、そこの注意が難しい」というのが多くありました。確かに、単語の発音の仕方が綴りに忠実なスペイン語に対して、英語の発音は複雑です。スペイン語は基本的にローマ字読みをすれば発音できます。よく、procedure (プロシィージャー: 手順)という英単語を、プロセドゥーレと発音するメキシコ人が居ますが、彼らが苦労する一例と言えます。
⑤ ポルトガル語の認識レベル
比較言語学では、スペイン語とポルトガル語は、語族、語派、語群を同じくする兄弟言語です。通常のメキシコの学校では、ポルトガル語の授業はありませんが、メキシコ人の多くが「だいたいわかる」と発言しているのを聞いているので、メキシコ人のみに質問してみました。
全体平均は37%の理解度、私立学校卒業生は43%、公立学校卒業生は28%の理解度との回答でした。但し、中には0%と回答している人もおり、個人差があります。0%の回答は仕事上まったく使う機会のない人で、それ以外の人は、プラジル人との交流が多少でもある人で、経験の差が生じています。
東京人に「どれくらい津軽弁を理解できるか」、と質問したときの回答を想定すると、ここまでの高い数値は期待できないと思われますので、スペイン語とポルトガル語の近さを感じます。
ここで言うポルトガル語とは、厳密には、ブラジルで使われているポルトガル語です。インタビューした全員が、「プラジル人のなら少しわかるが、ポルトガル人のはまったくわからない」と回答しており、同じポルトガル語でも、ブラジルではかなりスペイン語の影響を受けた独自の変化があるものと推測できます。
質問項目には入っていませんが、語族、語派、語群を同じくする兄弟言語としてフランス語の理解度について、数名に質問しましたが、全員0%との回答でした。「言語学上似ていると言っても、文法が複雑で発音も独特。英語の方が言語学上遠い存在とは言え、英語は文法が単純なので学習が楽である。」と言っている人もおり、比較言語学と周波数のみでは単純に難しさを評価できない複雑さも垣間見られました。
7. まとめ
日本人が外国語を学ぶ難しさが、欧州人が別の欧州語を学ぶよりも難しい、という仮説を、比較言語学や言語の使用周波数、使用文字等から立て、メキシコ人への直接インタビューを通じて検証を行ってきました。
結論から言えば、メキシコ人が日本人の努力量に比較して、容易に英語を身に着けている事は確かです。日本人の多くが通常の学校教育に加えて学習塾や予備校、及び独学で英語学習をしているのに対して、メキシコ私立学校卒業生は通常授業の半分を英語学習に割いている事は、学習時間の上では差がはっきりしないものの、メキシコ公立学校卒業生が英語学校や独学に割いている学習時間は明らかに日本人よりも少ないのです。しかも、類似した単語や変換方式を使って辞書をあまり使わないで身に着けられるのは、大きな有利点です。
メキシコ私立学校が半分の時間を英語学習に割いている事は、他の学科を学ぶ時間が極端に少なくなる事を意味します。それは数学力に顕著に表れており、日本の学校が、公式を学んで例題を繰り返して定着させるのに対して、例題練習がほとんどありません。よって、数学を生活や仕事に応用するのが苦手です。
学習の基本は母国語です。成績優秀者で国語の評価が悪い人を見た事がありません。何故かと言えば、全ての学科は母国語で学んでいるためであり、何の学科のテスト問題も母国語で書いてありますから、母国語の理解力や読む速さが全学科に影響します。
日本人の場合、この国語の学習が難しいというのが全てに影響しています。当用漢字のみで1850語あるのですから、国語学習に割かねばならない時間は他の言語と比較して大きな差になっている事は間違いありません。そういう背景を考えると、「詰め込み教育」とか「応用力を養う教育が不足」などと言われますが、基礎学習のみで一杯の状態なのだと思います。メキシコの事例を随分入れましたが、アメリカでは、26文字のアルファベットを用いる英語が母国語で、英語が国際語の位置づけにある事から、大抵の学校では必須外国語がないため、そこでできた時間を、応用力を醸成する授業に割けるわけです。
やはり日本人は頑張っています。しかし、一方で、比較言語学でも独自の語族を持ち、控えめで、相手をおもんばかる、とても美しい文化は、いわば「清流文化」と言えると思います。そういう文化故に維持するのは難しく、簡単に濁ります。少子高齢化もあり、日本で働く外国人が増えています。そういう外国人たちに日本文化を汚さないように教育するのも必要ですし、汚されないようにする強い意思も必要になります。そして、それらを実行するには彼らと話しができなければなりませんから、外国語力も必要になります。
こういう大変な環境の中でも時間を割いて語学の習得に励んでいる方々を心から応援します。
しかし、日本人にとって、それ程難しい外国語習得であっても、日本語と英語のバイリンガル、日本語とスペイン語のバイリンガル、中には日本語とスペイン語と英語のトライリンガルが存在します。そういう人たちにインタビューしてみると、本人にはあまり苦労して身に着けた感覚がなく、自然に語学を覚えてしまった意識があります。こういう人たちが、どうやって語学を身に着けたのかがわかれば、より効率的が語学の学習法を提案できるのではないかと考えています。
次には、「バイリンガルはどうやってバイリンガルになったか」をテーマに研究したいと思っています。
2019年6月15日
西辞衛門編者